アドルフ・アイヒマン
彼は優れた実務家であり、ユダヤ人を1,000人処理する任務に就き、素晴らしい生産管理能力、リーダーシップを発揮し、ほぼ計画どおりの効果を発揮する。
(今の、自分の与えられている仕事と比較して考えると、彼の、仕事ぶりは、人を殺すと言うことを除けば、目を見張るものがあり天才なのかも知れない。短時間で、ローコストで、結果をだすのだから・・・)
しかし、彼が、人を殺すことに、罪悪感を感じることはない。法廷で、彼は、なぜ自分が大掛かりな裁判に掛けられ世界の注目を浴びることになったか理解できていない。
彼は、ひとりの技術者として、与えられた課題にたいしてもっとも適切な解等を提出しただけなのだ。世界中の全てが良心的な官僚がおこなっていることとまったく同じことじゃないのか?どうして自分だけがこのように責められなくてはならないのか?
すべては想像力の問題なのだ。僕らの責任は想像力の中から始まる。イェーツが書いてある。IN DREAM BEGIN RESPONSIBILITIES-まさにそのとおり。逆に言えば、想像力のないところに責任はしょうじないのかもしれない。このアイヒマン例に見られるように。
P226よりこの下りが、気に入りなんとなく心に響いたので載せました。
仕事をしていると、それなりにこなせるけど、言われたことしかしない人がいる。彼(彼女)らのいいぶんとしては、言われたことをしたのだから責任はないし、何が悪いと・・・平気で、言う人が最近多い気がする。
すべては、想像の問題、彼(彼女)らに責任はないのかもしれない。
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